【裁判例解説】正論とロジカルハラスメントは何が違うのか?正論をロジハラにしないためのポイント
正論は悪?ロジカルハラスメントとは
最近、ロジカルハラスメント(ロジハラ)に関するご相談が増えてきました。暴力を振るわれたわけでもない、人権を侵害されるような侮蔑的な言葉を投げ帰られたわけでもない、けれども、正論で詰められて精神的に苦しい、と言ったご相談です。
ロジカルハラスメントはパワハラの一種です。パワハラの定義は通称パワハラ防止法(労働施策総合推進法)で
- 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- その雇用する労働者の就業環境が害されること
と定義されていますので、ロジハラとは、
優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えて正論を振りかざすことで、相手労働者の就業環境を害すること
と考えれば良いでしょう。
つまり「正論」自体が悪いわけではないのです。当然、業務を推進していく上では「正論」は大事ですよね。何でも「いいよいいよ」「しかたないね」で済ませていると、部下の成長も企業の成長はありませんし、そもそもミス・トラブル・重大事故につながる恐れがあります。管理職など指導する立場にいる皆様は正論を部下にきちんと伝えることが大事です。
ただ、正論は諸刃の剣です。正論自体は良くても、伝え方によってパワハラ(ロジハラ)になり、逆に部下の能力発揮を阻害してしまいます。特に仕事の責任感が強い方、仕事ができる方はついつい指導の仕方が部下にとってはきついものになってしまいがち。
というわけで、本日は、仕事の責任感から行われた指導が、被害者の「精神障害を発病させる程度に過重であった」と判断された裁判例をご紹介し、パワハラ・ロジハラにならない指導について解説いたします。
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裁判例紹介【テーマ:正論も指導の仕方次第でパワハラ・ロジハラに】
社会福祉法人備前市社会福祉事業団事件(岡山地判平26・4・23)労判ジャーナル28号31頁
事案の概要
デイサービスセンターに勤務していた介護員(E)が、実質的に施設の指導的立場にあった生活相談員(F)の指導が元でうつ病エピソードを発病し自殺したとして、 介護員(E)の家族が 、デイサービスを管理していた社会福祉法人(Y)を安全配慮義務違反で訴えた事案です。
なお、この解説では、「正論の指導の仕方とロジハラ」をテーマにしているため、上司である生活相談員(F)と、部下である介護員(E)とのやり取りに焦点を当て、施設長の対応の是非については割愛いたします。
ことの経緯
介護員(E)は社会福祉法人(Y)に臨時採用され、デイサービスセンターで、介護員としてバスによる利用者の送迎、食事介助、入浴介助、ケアプラン作成等の業務に従事していました。
当該施設では、管理者の下、生活相談員、看護師、介護員、調理師が配置されており、管理者は他施設の管理も兼任しておりそちらに常駐していたため、当該施設の業務は、生活相談員(F)が中心となって動き、介護員等その他の職員に指示、指導をしていました。
当該施設の利用者は定員を上回ることがあり、職員1人にかかる負担は大きく、手の足りないところがあれば職員同士で声を掛け合い、補い合って仕事をする必要がありました。
前提:介護員に求められる能力
介護員になるために特段の資格は必要ありませんが、利用者は介護の必要な高齢者であり、転倒、誤飲等のおそれがあるため、介護員は常に利用者に目を配り、声をかけ、利用者の動静をある程度予測して臨機応変に対応する能力が必要であり、また、利用者の心身の状態を把握するために、利用者家族との情報交換、同僚との情報交換をすることが必要であると裁判所は認めています。
完璧を求める上司と、真面目だが仕事ができない部下
実質的な指導的立場にあった生活相談員(F)は、仕事に対する責任感が強く、利用者の状態を見て1つ先2つ先を読み、事故が起こらないように素早く指示する能力のある人物で、仕事が良くできました。ですが、その分他人に対しても厳しく、完璧を求める傾向にあり、言うことは正論であるものの、その言い方については厳しいと感じる職員が多くいました。
それに対し、介護員(E)は、真面目で優しく一生懸命ではありましたが、介護の技術はやや劣っており、また、ケアプラン等の文書作成や、期限までに何かをすることが不得意で、利用者家族からのクレームなどもあり、その分他の介護員に負担がかかることもありました。
どのような指導であったか
介護員(E)が正職員となったころから、生活相談員(F)の指導が厳しくなっていきました。どのような指導であったかは以下の通りです。
- 生活指導員(F)はどの職員に対しても厳しく指導していた
- 介護員(E)は他の人と比べ仕事ができていなかったため指導する回数が多く、口調も厳しかった
- 指導は介護員(E)の業務上のミスをきっかけに行われていた
- 周りから見ても介護員(E)の仕事ぶりでは叱責されても仕方がないという側面があった
- 介護員(E)がうまく仕事をできた時には褒めることもあった
- 叱責の態様は生活指導員(F)の気分によって波があった
- その時の失敗だけでなく、過去の失敗を持ち出すこともあった
- 「どうしていつもあなたはそうなの」「なんでできないの」と問い詰める口調になることもあった
- 長い時は10分くらい叱責し続けることがあった
- 叱責は利用者にも聞こえる場所で、職員間のミーティングの時にも行われることがあった
- 質問に介護員(E)がおどおどしてうまく答えられないことから口調が強くなることもあった
介護員(E)はこれらの指導に対し、生活相談員(F)のことを悪く言うことはなく、自分が悪いから仕方がないと言っていました。しかし、その後利用者が増え始めたことも重なり介護員(E)の判断能力と作業能力は落ちていき、担当すべき仕事ができず混乱するようになります。
生活相談員(F)は、介護員(E)にしっかりしてもらいたいという気持ちから下記のような対応をするようになりました。
- 前にできていたのに何でできないのかと更に叱責するようになった
部下の様子の変化と悲しい結末
そのような状況から、介護員(E)の様子が変化していきました。過程における変化だけでなく、勤務先でも以下のような様子が見られました。
- 生活相談員(F)に叱責されると顔色が変わり固まっているのがよく目につくようになった
- 叱責された後はイライラして送迎の運転が荒い時があった
- 他の職員から声をかけられても「僕が悪い、僕にはできない」と落ち込んでいた
- 叱責によって仕事ぶりが改善することはなく、ますます仕事ができなくなった
- 注意しても同じ失敗を繰り返す
- 職場の雑談にも加わらなくなった
- 他の介護員が管理者に業務の相談をする際に「これ以上できないのにしろしろと言ってはいけない、うつになっても困るし、自殺してもいけない」という話をするほどであった
介護員(E)は担当すべき仕事ができず混乱するようになってから約10か月後、ガソリンをかぶり焼身自殺を図り、その後亡くなりました。
判決結果
裁判所は、被告である社会福祉法人(Y)の
- 生活相談員(F)の対応は、全て業務に関する注意や指導、助言であって、それらが時に厳しいものであったかもしれないが、介護員(E)の人格や人間性を否定するような言動ではなく業務の範囲内である
- 生活相談員(F)は他の職員に対しても、介護員(E)と同様に業務上不適切なところがあれば、厳しく注意、指導をしていた
- 施設の業務は利用者の安全確保を最も重視して行われなければならないところ、介護員(E)は報告すべき送迎中の出来事を報告し忘れたり、バスを清掃してもタラップが濡れたままの状態で放置するなどしており、その場合に注意、指導をすることは安全かつ円滑なサービスを提供するために必要不可欠
- 生活相談員(F)は介護員(E)を褒めることもしており、個人的な感情に任せて日頃から強く当たっていたわけではない
という主張に対し、以下のように判決を下しました。
生活相談員(F)の指導は、介護員(E)の仕事ぶりが不十分であり、Fが利用者のことを考え、責任をもって仕事をしていたがためにされたものであり、業務に関連したものではあるが、Fの指導は、口調が厳しく、気分によって波があり、過去の失敗を持ち出したり、10分間に渡って叱責し続けたり、他の職員の前で叱責することもあった。
Fの指導はEの能力や性格に応じた指導ではなく、Eの判断能力や作業能力が低下し叱責された時、顔色が変わり固まっているのが目につくようになったにもかかわらず、Eの判断能力や作業能力が低下している原因を十分見極めることなく、仕事ができなくなっているEに対し、更なる叱責を繰り返した。
当該施設が提供する通所介護サービスに過誤や疎漏があってはならないという強い責任感の下に行われた物であったとはいえ、Eの能力や精神状態を考慮することなく繰り返された叱責の態様に鑑みれば、Eの心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて精神障害を発病させる程度に過重であったと言わざるを得ない。
つまり、生活相談員Fの指導は責任感から行われたもので指導の内容は業務に関連したもの(=正論)ではあるが、その指導の仕方は適切ではなかった、と裁判所は判断したわけです。
正論は適正な業務推進には必要
何度も言いますが、「正論」自体に問題はありません。厚生労働省も2012年にパワハラについて以下のように解説してます。
業務上必要でかつ適正な範囲を超えない指示、注意、指導等は、たとえ相手が不満を感じたりしてもパワーハラスメントにはならない
部下が嫌がるから。「パワハラだ!」「ロジハラだ!」と騒ぐから。そのような理由で必要な注意・指導を行わないのは、適正な業務推進、人材育成の役割を担う上司としての職責を放棄していると言わざるを得ません。大事なのは、その正論をどのように伝えるかです。
正論を伝えてパワハラにならなかった判例記事はこちら↓
正論をロジハラにしないために
一番重要なのは伝え方
今回の判決の中にはこのような記載があります。
- 気分による波
- 過去の失敗の持ち出し
- 10分にわたって叱責し続け
- 他の職員の前で叱責
- 口調が厳しく
いくら正論であっても、上司のその時々の機嫌によって叱責が強くなれば、それは「感情マネジメントができてない」ということになります。また、「あの時もこうだった」と次々に過去の失敗を持ち出されると、部下としては自分の出来ていないところばかりを突き付けられるため、自分はダメな人間だ、と益々自信を失わせることになります。
実際に、介護員(E)は、同僚の声掛けに対し、「僕が悪い、僕にはできない」と落ち込む様子が見られています。10分にわたって叱責「し続け」るのも同様ですし、他の職員の前で叱責されるのは、部下にとっては不名誉なことです。また、他にも「口調が厳しく」という記載もありますが、これは”「どうしていつもあなたはそうなの」「なんでできないの」と問い詰める口調”というのが該当するでしょう。
いくら正論であっても、上記のような叱責をされれば、誰でも大なり小なり委縮してしまいます。そもそも、なぜ叱責するかと言えば、仕事ができるようになって欲しいからなわけですが、委縮した状態で仕事ができるようになるかと言えば逆効果。この介護員(E)も、ますます仕事ができなくなっていっています。
特に「正論」であればあるほど部下として反論できませんので、どうしても「自分が悪かった」と委縮する方向に進みます。上司としては、部下のそのような心の動きも考慮した上で、部下が委縮ではなく改善に向けて動けるように配慮しながら伝える必要があります。
心身の状況に合わせた指導
また、今回の判例では、上司が部下の能力や精神状態を考慮することなく叱責し続けたことで最終的に自殺にまで至っています。そもそも企業には、労働者に対する安全配慮義務(労働者が安全と健康を確保しつつ就業するために必要な配慮をする義務)があり、指導する立場にいるのであれば同様に意識しておく必要があります。
人によってストレス耐性には差がありますが、この判例では、介護員(E)は、周りから見ても明らかに様子がおかしくなっています。それにもかかわらずそれまでと変わらない叱責を繰り返すというのは大いに問題です。
上司は、部下一人一人の能力や経験、心身の状況に配慮しながら、指導の仕方、負荷のかけ方(「頑張れば ”できる” 」というストレッチ目標の設定)を調整する必要があります。
結局はアサーティブコミュニケーション!
今回の判決からも、「正論」自体が問題なのではないことが分かりました。業務上必要な指導であれば、上司は適正な業務遂行のため、そして部下の成長のため、伝えるべきところは伝える必要があります。大事なのは「どう伝えるか」なのです。
ハラスメント防止研修では、ハラスメントの定義や判断基準などの基本的なことはもちろん、パワハラ・ロジハラにならない指導法として、アサーティブコミュニケーション(相手の心情に配慮しながら自分の考えを伝える方法)についてもお伝えしています。アサーティブコミュニケーションは、心理的安全性の高い職場に欠かせないものです。相手の心情にも配慮したコミュニケーションなので、必要なことはしっかり伝えながらも、部下を委縮させません。
ハラスメントはダメ、と学んでも、ではどうやって指導すればいいかまで分からなければ、管理職の皆様の中には指導を躊躇したり、今までと同じ指導をしたりすることになるでしょう。ハラスメント防止研修を社内で実施される際は、必ず、ではどのように部下を指導すればよいかもセットで管理職の皆様にお伝えください。
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咲良美登理事務所 代表 咲良美登理
社会保険労務士。21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント。中小企業を中心に、ハラスメント相談窓口サービスや窓口担当者養成講座の提供、事案解決サポートや人材育成研修など、ハラスメント対策を起点とした生産性向上のコンサルティングを行っている。
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