自衛隊や消防署、命に係わる現場ではどこからがパワハラか

私はハラスメント防止やコミュニケーション改善、リーダーシップ等で研修に登壇することが多いのですが、ハラスメント防止研修をしていると、パワハラと指導の境界線について質問されることが多いです。

そんな時は、ある程度の基準をお伝えした上で、

裁判でも1審と2審で判決が逆転する場合もある、そもそもそんなゴールポストギリギリを狙う必要はない、配慮ある言い方をしよう、相手の話も聞こう、言い過ぎたと思ったら立場にかかわらず素直に謝罪しよう、

というのをお伝えしています。

とはいえ、仕事の中には命に直結する現場というのがありますね。
優しく言っていたら事故に繋がる、一定の厳しさが必要、と研修ご担当の方がお考えの場合もあります。

では、命に係わる現場では実際のところ、どのように考えられているのでしょうか。

今回、そのような企業の研修を担当させていただくことになったので、改めて最近の判例などを確認してみたところ、消防署で起こった事案に関する令和4年の地裁判決がありましたのでこれを例に考えてみましょう。

どのような行為があったかというと、

消防署にて、新人Aの意識が低いと感じる教育係Bが、訓練において、何度もやり直しをさせたり(指差し呼称は十数回、はしご車誘導に関する訓練は1時間程度)、道具を雑に扱ったことに対して「道具さん、ごめんなさい」と謝罪を繰り返し強要したり、訓練のやり直しをさせる際にでペナルティとして腕立て伏せをさせたり、行為者曰く、何度注意しても改善しない、人の話を聞かない、話の途中で目をそらすなどしたため、ヘルメットを掴んでこちらを向かせたり(裁判ではヘルメットの上から頭を叩いたと事実認定された)した事案です。
(本当はもっといろいろあるのですが、一般企業でも近しいものをピックアップしました)

教育係としては、市民の税金で購入した道具を粗雑に扱ったため、その道具の重要性を認識させ大切にすることを意識させたい、災害現場で市民が待つ苦しみ、辛さにBが少しでも共感して気持ちを向上させてほしい、自分のミスが市民や仲間、さらに自分の命を危険にさらすんだ、などの想いはあったようです。
この想いには共感される方も多いかと思います。

では、その想いの下行われた上記の行為は裁判ではどのように判断されたのでしょうか。

結論は、

何度も繰り返し訓練させたこと
⇒過剰な程度まで繰り返し行わせた場合は訓練や指導の意味をなさないパワハラになり得るが、今回はその程度まで至っていない

訓練のやり直しをさせる際にペナルティとして腕立て伏せをさせたこと
⇒消防職員の訓練において、訓練内容を繰り返し、ペナルティとして腕立て伏せを行うことはあり得る。

複数回、道具に対して謝罪させたこと
⇒屈辱的な感情を抱かせる程度が強く、注意・指導等と言える

ヘルメットの上から頭を叩いたこと
⇒訓練中においても、指導やペナルティを超えた暴力行為と言わざるを得ず、訓練や指導等として許容されるものとは言えない

というものでした。

命に係わる現場です。一定程度の厳しさは必要でしょうし、危ないことをしていたら、「危ないだろ!」と怒鳴ることもあるかもしれません。

ただ、ではなんでも許容されるかというとそうではありません。

命の現場の最たるもの、自衛隊のコンプライアンス・ガイダンスには以下の記載があります。


自衛隊は実力組織であり、明確な上下関係の下、命がけの任務遂行のために「命令と服従」により行動する組織です。
組織(部隊)として目的達成のため、時に厳しい指導をする場合がありますが、これは上司と部下との間に「情愛と信頼」があることが前提です。
当然ですが、情愛と信頼があっても、暴力及び暴言は決して許されません。


自衛隊でも「情愛と信頼があっても、暴力及び暴言は許されない」のです。

例えば、危険な場所に飛び出そうとしたので腕を引っ張って止める、その際に「危ないだろ!」と大声を出すのは「業務上必要かつ適正な範囲を超えない」と私は思います。

ですが、危険な場所に飛び出そうとしたので止めた後、「お前馬鹿じゃねぇのか!」と頭を叩いたり胸倉を掴んだりするのは今回の判例や自衛隊のコンプライアンス・ガイダンスから考えると「業務上必要かつ適正な範囲を超える」でしょう。

医療機関、消防署、自衛隊など命に直結するような現場の場合、一般企業よりも指導は自ずと厳しくなってくると思います。ただ、厳しいことと人格否定や脅しの発言、暴力などは別ものです。ダメなものはダメなのです。

そこを勘違いしないようにしておかなければなりませんね。

ハラスメント防止研修はもちろん、メンタルヘルスやリーダーシップ、心理的安全なチーム作りなど、コミュニケーション全般についても研修を承っております(人材育成研修はこちら)。ハラスメントの問題も元をただせばコミュニケーションの問題。単にハラスメントを防止したいということだけでなく、一人ひとりが能力を発揮できるような組織に成長させたいというご相談も承っております。研修は、御社の課題、今起こっていることなどをヒアリングさせていただいた上で、御社の課題解決に向けたオーダーメイドのご提案をいたします。どうぞお気軽にご相談・お問い合わせください。

咲良美登理事務所 代表 咲良美登理

社会保険労務士。21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント。中小企業を中心に、ハラスメント相談窓口サービスや窓口担当者養成講座の提供、事案解決サポートや人材育成研修など、ハラスメント対策を起点とした生産性向上のコンサルティングを行っている。
ご相談・お問い合わせ▶https://sakura-midori.jp/contact

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