【裁判例解説】指導とパワハラの境界線とは?!ミスを繰り返す社員へのパワハラにならない適正指導

多くの管理職が気になるパワハラと適正な指導の境界線

管理職向けにハラスメント防止研修を行う際、何が知りたいか受講者の皆さんに問いかけると、必ず出てくるのが「指導とパワハラの境界線」。今の管理職層の皆さんは、部下指導の際にパワハラにならないか本当に気にかけておいでです。暴行したり、馬鹿・アホなどの人格否定の言葉を投げつけたり、というのは当然あってはならないことですが、多くの管理職の方は、明らかなものはご存じで、多くの方が知りたいのが「グレーゾーン」。というわけで、本日は、被害者がパワハラを訴えたものの、裁判所が「業務上の指示の範囲内」と判断した裁判例をご紹介し、パワハラにならない指導について解説いたします。

裁判例紹介【テーマ:ミスを繰り返す社員への適正指導とは】

地位確認等請求事件(東京地判平21・10・15)労働判例999号54頁

事案の概要

被告である医療法人の経営する病院の健康管理室(健康診断を業務とする)に事務総合職として採用された原告(X)が、試用期間中に採用を取り消されたところ、同採用取消しは無効であることと、職場でパワーハラスメント及びいじめを受け、さらに違法な退職強要及び採用取消しを受けたために精神疾患にり患したことを理由に、医療法人を訴えた事案です。

なお、この解説では、「適正な指導のとパワハラの境界線」をテーマにしているため、原告(X)とその上司とのやり取りに焦点を当て、採用取り消しの是非といじめ(裁判で認定されなかった)については割愛いたします。

ことの経緯

原告(X)は医療法人に総合事務職(常勤)として採用され、3か月間を試用期間として、病院の健康管理室に配属されました。入社時には、直属上司であるA課長代理が健康診断の基本業務の遂行方法、確認すべき事項、注意点等詳しく網羅的に記載されいている資料を渡し、事務処理等に関するオリエンテーションを実施、その後数日かけて徐々に業務に慣れるよう手配すると共に、様々なパターンや細かい事務処理上の点は仕事をしていく中で覚えること、分からなければ何度でも聞いてくれれば教えること、教えたことは都度メモを取って身につけるよう指示しました。

前提:健康管理室の常勤職員に求められる能力

医療法人は医療事故の防止が絶対的に求められます。そして、健康診断を業務とする健康管理室では、病気の早期発見のために、正確な測定と入力が求められます。そのため、健康管理室の常勤職員には、以下の能力が求められると裁判所は認めています。

  • 正確性・迅速性のある事務能力(パソコン入力、会計業務、請求業務)
  • コミュニケーション能力(接遇、電話対応、相手の要求を正確に受け止め答える)
  • 問題解決能力(指示待ちではなく、自ら考え動く力)
  • 常勤事務として健康診断事務に精通し、事務(パートや派遣社員)をまとめる

では、これらの能力が求められる健康管理室において、Xの配属後の仕事ぶりはどうだったのかというと…

初歩的な事務ミスを繰り返す部下

配属後は通常1か月程度、他の常勤者が入力の点検を行っているところ、Xは初歩的なミスを繰り返すため、点検を継続せざるを得ない状況になっていました。いくつかある初歩的なミスの中で、特に問題があったものは以下の通りです。

  • 健康診断問診票の記載内容をデータ入力する際に、自覚症状の有無を間違えて入力した
  • 聴力検査で左右逆にヘッドホンを装着させて計測した(左右逆に計測結果を記入したため、結果としては間違いなし)
  • レントゲンフィルムや心電図結果用紙等の入った病歴整理の際に、整理番号を書き間違えた
  • 院外からの電話問い合わせに対し、企業名や氏名の聞き違い、住所や電話番号聞き忘れがあったり、自分が書いたメモが読めずに伝言内容不明になったりで、結果として4件苦情が発生した
  • 院内電話に対しても正確な伝言ができない

配属1か月後面談(1回目)での上司の指導内容

配属1か月後に、A課長代理とB事務次長、Xとの面談が実施されました。入職1か月の感想をXに確認後、Aより、最初にプラスの評価を伝えた上で、指導事項が伝えられました。指摘した内容は以下の通りです。

  • ミスが非常に多い
  • 仕事は簡単なものを渡してペースを抑えているのに、このままミスが減らないようでは健康管理室の業務を続けるのは難しい
  • 遅いのは問題ではないからミスのないように何度もチェックするなど正確にしてもらいたい
  • 分からなければ分かったふりをせずに何度でも確認をしてほしい
  • 先に入った派遣事務はすでに会計等の研修も始めているがXにはまだ任せられない
  • 仕事を覚えようとの意欲が感じられない
  • 仕事に関して質問を受けたことがない
  • 学習して欲しい
  • スタッフが電話対応や受診者対応をしているのに、何かやることはないかと話しかけるなど周りの空気が読めていない
  • 周りも働きやすいよう配慮しているから原告もその努力をすべき
  • 頼んだ仕事がどこまで終わったのかを報告せずに帰宅するというのは改善すべき
  • 将来はパートや派遣に業務の指示出しをする立場になって欲しい

その上で、A課長代理はXに、今後の課題として、ミスを減らすこと、学ぶ姿勢を意欲を見せること、メモは自宅で復習し自らの課題を確認することを行って業務に励むよう伝えました。

Xはそこまで迷惑をかけている自覚がなかったため動揺し、これからどうなるのか、自分がいなくなったら次の人もすぐ見つからないだろうから更に心配をかける、などと言ったため、B事務次長は、そういうことを心配する必要はない、退職なんてことを考えるのは、この仕事が自分の人生の中で続けていくのはどうだろうと思ったときに考えればよい、今そんなことを言うのは早すぎる、まずは課題を頑張るようにと励まし、面談を終了しました。

2週間後の面談(2回目)での上司の指導内容

1回目面談から2週間後、B事務次長とA課長代理、Xでの2回目の面談が実施されました。その間、ミスは減りましたが、ゼロでもありませんでした。

面談では、まずXから1回目の面談で指摘された点についてどう頑張ったか話してもらった後、AからXに対し、ミスは減ったこと、どこまで終わったのか報告はくるようになったこと、周りに気を遣うようになったこと等のプラス評価が述べられました。ですが、一方で指導事項も伝えられました。指摘した内容は以下の通りです。

  • 相変わらず学習はしていない
  • 任せる仕事を増やしたいが、未だ入力内容をチェックしている段階で派遣事務との仕事内容に広がりが生じている
  • ミスは減ったが5月以後受診者が増えたときにこのままの状況では健康管理室の業務に対応できない
  • 昼休みを時間どおりにとって定時に帰って賞与も出て楽でいいとパートから不満が来る
  • 仕事を覚えるのが遅くても一生懸命やっているという周りを説得する意欲が欲しい

B事務次長はA課長代理の席を外させた上で、A課長代理の評価を覆す上でも2週間これから頑張るよう励ましたものの、Xは、あのような評価をされたら頑張れない、そうなるとクビということなのかなどと言ったため、励ましの言葉をかけました。かけた言葉は以下の通りです。

  • クビではない
  • 確かに健康管理室で緻密な数字を入力する事務には向いていないかもしれない
  • そうすると医事課の仕事も難しい
  • しかしXの人格を否定しているのではなく、清掃部門、医療・介護部門、福祉部門等、幅広くXの特性を生かせる場所がある。自分も以前は栄養課で働いていたが現在は事務職の仕事をしている
  • もう一度頑張ってほしい
  • (なおも、頑張れない、辞める、自分のあとはどうなるのか、と言うXに対し)もっと頑張るというならば自分からAに話をすることもできる
  • Xがもっと頑張るというのを聞きたかった
  • 土日にゆっくり考えてまた月曜日に話をしよう

そこまで伝えても、Xは「土日待っても同じで心は決まった」などと言ったため、B事務次長は、そこまで言うなら3月末まで頑張ってほしいと伝えました。その後、Xが退職届の書き方等を尋ねたため、書き方や提出方法を伝えて面談を終了しました。

部下の認識とその後の行動

Xは、2回目の面談のその日の内に労働組合に加入し、退職強要を受けたとの相談をしました。その後、X、労働組合役員、医療法人事務長、B事務次長との面談で、双方が伝えたことは以下の通りです。

Xが伝えたこと

  • 健康管理室に要らない、紹介があるとすれば清掃と言われて頑張れる人はいない
  • 入ってからまともに教えられていない
  • マニュアル、パンフ的なものを渡されて教えたとはいえない
  • 前線に置けないとか健康管理室では無理的なことを言われ、頑張っていこうねと言われても頑張れるか
  • Aの主観でどうしてダメと言い切れるのか
  • 自分は辞めない

B事務次長が伝えたこと

  • 縁があって健康管理室に入ったので頑張ってもらいたい
  • 面接は退職勧告ではなく成長を願ってのこと
  • 試用期間はあと1か月ある
  • 退職強要をしたことはなく、退職届もXが書き方等を教えてほしいと言うから教えただけである
  • Xに対しては、人とのコミュニケーションに長けている人、数字に強い人、営業に優れている人、色々いるが、原告の適正にあった場所として清掃や介護の場所もあるい、人格を否定しているわけではないと言ったはずである
  • 辞めないのであれば健康管理室を今のまま頑張ってほしい
  • 悔しさをバネに意欲を見せてほしい
  • 残りの試用期間で成長を見せてほしい

上司としては、パワハラにならない指導をしたつもりでしたが、Xにとっては違う受け取り方をしたようです、結局、この面談によってXは医療法人を退職せず、引き続き試用期間中は健康管理室で勤務し、その間のXの勤務状況を見て、医療法人が要求する常勤事務職員の水準に達することを見極めることとなりました。

この面談の3日後、Xは早退し、仕事に来ると解雇されるのではないかと追い詰められ頭がおかしくなるので、心療内科を受診したいと、メンタルクリニックを受診、その後、「退職脅迫等違法行為を受けたことによる体調不良のため」と記載した退職届を郵送で提出しました。また、全日本民主医療医療機関連合会会長等数名に、違法行為を受けているので大至急救済してほしい旨の手紙を郵送し、また、適応障害により当分の間自宅療養を必要とするとの診断を受け、再度、被告である医療法人に、休職届と診断書を郵送しました。

被告である医療法人は、「事務能力の欠如により、常勤事務としての適性に欠ける」ことを理由に、Xを解雇しました。

判決結果

裁判所は、原告Xの「被告である医療法人が健康管理室において、必要な指導・教育を行わないまま職務に就かせ、業務上の間違いを誘発させたにもかかわらず、あげて原告Xの責任として叱責した」という主張に対し、以下のように判決を下しました。

直属上司であるA課長代理は、原告Xに対し、必要な資料を渡し、事務処理等に関するオリエンテーションを行った上で、他の職員の業務を見学した後に実際に原告に業務を行わせるなど、原告Xが徐々に業務に慣れるよう配慮し、また、渡した資料にも、健康診断における基本的な業務の遂行方法や確認すべき事項及び注意点等が詳しくほぼ網羅的に記載されており、それ以外の業務遂行上生ずる様々なパターンや細かい事務処理上の問題点については、仕事をしていく中で覚えていくこととされ、原告も指導・注意を受けた点についてはその都度メモに取っていたのであるから、原告Xの業務遂行について教育・指導が不十分であったということはできない。

原告Xの事務処理上のミスや事務の不手際は、いずれも、正確性を要請される医療機関においては見過ごせないものというほかない。そして、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、A課長代理が、原告Xを責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返す原告に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない。

原告Xは第1回面接及び第2回面接において退職強要がされた旨主張するが、いずれの面接も、その内容は、面接までの間の原告の勤務態度及び勤務成績等に対するA課長代理の評価がされ(Aの評価は厳しいものではあるけれども、原告の勤務状況等に対する評価としては、合理性を有するものということができる)、それを踏まえて原告にさらに頑張るよう伝える内容のものであったことは明らかであり、加えて、A課長代理及びB事務次長は各面接において原告を退職させる意思も権限も有していなかったのであるから、上記各面接において退職強要をしたとの事実は認めることができない。

つまり、A課長代理とB事務次長はパワハラにならない指導をしていた、と裁判所は判断したわけです。

パワハラにならない指導のポイント

判決の通り、A課長代理とB事務次長の言動は、パワハラでないという結果になりました。パワハラ指針では、適正な業務指導との線引きについて、

当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等を総合的に考慮して判断する

と定義しています。よって、全ての事案において、この裁判例で出てきた上司の言動と同じ言動であればパワハラにならないとは一概に言えませんが、パワハラになりにくい言動としての参考にはなります。この判決を基に、パワハラにならない指導をするためのポイントをお伝えします。

この裁判例で、指導として良かった点

1回目・2回目面談とも、いきなり指摘事項から入るのではなく、最初にXから感想や頑張った点を話してもらい、ポジティブな評価を伝えています。部下としては、指摘事項ばかりだとモチベーションが下がってしまいますのでポジティブな面もしっかり伝えることが大事ですし、ポジティブ面をしっかり評価することで、その言動が良いことだと部下に伝わり、その言動を促進することに繋がります。この裁判例ではどうしてもネガティブ評価が多くなってしまっていますが、できるだけポジティブ面を多く伝える意識を管理職の皆様には持っていただきたいと思います。

また、「仕事は簡単なものを渡してペースを抑えている」「遅いのは問題ではない」「何度でも確認をしてほしい」という言葉から、無理難題を突き付けているわけではないことも分かります。本人の立場や能力を大きく超えた要求は、パワハラ6類型の「過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)」になりますので、管理職の方は、部下への要求が「育成するために現状よりも少し高いレベルの業務(パワハラではない)」になっているか、「業務上明らかに遂行不可能なことの強制(パワハラ)」になっていないか、気をつける必要があります。

「将来はパートや派遣に業務の指示出しをする立場になって欲しい」と、目指すべき姿を明示しているのも良いですね。指導の際に、主観だけで物事を伝えるのではなく、どんな時のどんな対応が、と具体的に伝えているのもポイントが高いです。具体的に伝えられないと、何をどう直したらいいか、部下側は理解できないことが多いので、注意が必要です。

クビになるのかと不安に感じるXに、クビではないことをしっかり伝え、厳しい口調にならないように配慮しながら励まそうとしているB事務次長の言動にも、Xに対する相当な配慮が感じられます。

この裁判例ではパワハラにならなかったが注意が必要な点

この裁判例では、「生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲」としてパワハラになっていませんが、少々気をつけるべき内容もありますので、解説します。

「このままミスが減らないようでは健康管理室の業務を続けるのは難しい」という言動は、ともすれば、解雇を示唆していると受け手に感じさせるリスクを孕んでいます。この言葉はXの職責に照らし合わせてパワハラにはなっていませんが、少し表現が変わればパワハラになり得ます。実際に、裁判で「意欲がないなら辞めるべき」「いつでもクビにできる」「これ以上続けると相当な処分をする」などNGとされた例があります。不用意に解雇や処分を示唆するような言葉を発しないように重々気をつけましょう。

「派遣事務はすでに会計等の研修も始めているがXにはまだ任せられない」と、他の人と比べてどうだというのも、できれば避けたいものです。本人のモチベーションも下げてしまいますし、個別具体的な人名が挙がると、部署内のコミュニケーションに角が立つこともあり得ます。また、裁判で「事務をやっている女の子でもこれだけの仕事の量をこなせるのに、お前はこれだけしか仕事ができないのか」という発言がNGとなった例もあります。比べるなら、以前の本人と比べてどれだけ成長したかであったり、求める要件に対してどれだけ到達したかで伝えると良いでしょう。

(他にもこちらの判例の伝え方が参考になります:【裁判例解説】正論とロジカルハラスメントは何が違うのか?正論をロジハラにしないためのポイント

最後に:グレーゾーンを攻める必要はない

今回の判決はパワハラではない、ということになりました。業務上必要な指導であれば、上司は適正な業務遂行のため、そして部下の成長のため、伝えるべきところは伝える必要があります。ただ、裁判で勝つにしても、裁判になること自体が企業にとっては非常に負荷のかかることですので、できれば避けたいものですね。

ハラスメント防止研修では、ハラスメントの定義や判断基準などの基本的なことはもちろん、パワハラにならない指導法として、適切なフィードバックの仕方についてもお伝えしています。そもそも、言われた相手がパワハラと受け取りようがない指導のスキルを身につければいいのです。グレーゾーンを攻める必要はありません。ネガティブフィードバック・ポジティブフィードバックの方法を身につければ、パワハラの防止はもちろん、部下のズレをしっかりと軌道修正しながら、部下のやる気を引き出し能力発揮に繋げることも可能です。

ハラスメントはダメ、と学んでも、ではどうやって指導すればいいかまで分からなければ、管理職の皆様の中にはさらに指導を躊躇される方も出てきます。ハラスメント防止研修を社内で実施される際は、必ず、ではどのように指導すればよいかもセットで管理職の皆様にお伝えください。

パワハラをはじめとしたハラスメント防止研修を実施したい、ハラスメントの防止だけでなく管理職の部下育成能力を向上させたい、社内のコミュニケーションを改善したいなどのご希望があれば、貴社の状況を細かくヒアリングさせていただいた上で、オーダーメイドの研修をご提案いたします。社内でハラスメントが起こっている、パワハラが怖くて管理職が適正な指導を躊躇している、ミスコミュニケーションによるトラブルが多発しているなどの課題を抱えておいででしたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

咲良美登理事務所 代表 咲良美登理

社会保険労務士。21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント。中小企業を中心に、ハラスメント相談窓口サービスや窓口担当者養成講座の提供、事案解決サポートや人材育成研修など、ハラスメント対策を起点とした生産性向上のコンサルティングを行っている。
ご相談・お問い合わせ▶https://sakura-midori.jp/contact

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